科学分野で活動しているジャーナリストが集まる日本科学技術ジャーナリスト会議(JASTJ)の月例会に、JAASとの共催企画として、「日本の研究力をどう回復させるか」というタイトルでお話してまいりましたので、その内容と当日の質疑の内容をご紹介します。このような貴重な機会をいただき、JASTJのみなさまに厚く御礼申し上げます。
■実施概要
日時:2025年9月12日18:30~20:30
場所:日本プレスセンタービル10階(ハイブリッド開催)
日本の研究力の低下
既に様々な場で取り上げられていますが、日本の研究力がどのくらい低下したのかについて、「科学技術指標2025」をはじめとする科学技術・学術政策研究所(NISTEP)の報告や、科学技術・イノベーション推進事務局エビデンスグループ(内閣府)の資料を用いて説明いたしました。科学技術振興機構(JST)のシンポジウム「激論 なぜ我が国の論文の注目度は下がりつつあるのか、我々は何をすべきか」のパネリストをお務めになった後藤由希子先生(東京大学)の資料をお借りして、国立大学におけるデュアルサポートシステム(運営費交付金+科研費)崩壊の影響についても紹介いたしました。
この20年間、文科省は財務省の指示の下、基盤的経費から競争的資金へのシフトを急速に進めてきました。大学院は研究活動を通じて教育を行うという仕組みになっていますが、基盤的経費の削減により研究室への配分額がゼロに近づき、競争的資金における競争が激化した結果、国立大学の大学院教育が空洞化するという事態に至りました。競争的資金の獲得に失敗すると大学院生の教育が成り立たないのです。隣同士の研究室で片や年間数十万の研究費、片や億を超えるといった強烈な貧富の差が生まれました。政府が大学へ投入する資金の総額はほとんど変化していませんが、研究活動が活発な先進国が軒並み予算を増額させていること、また研究に必要な試薬や機器の価格が高騰していることを考えると、実質的には日本の研究活動は縮小しているとみることができます。
「選択と集中」は、①イノベーションの創出、②国際的なスター研究者の輩出、③世界をリードする研究拠点といった成果、を期待して進められてきましたが、残念ながら実際には、①研究領域の多様性の喪失、②研究者の再生産の低下、③国際的なプレゼンスの低下、をもたらしたといえるでしょう。

研究人材の育成
文科省は近年「博士人材活躍プラン」を打ち出し、経産省もまた博士人材の企業における活用に向けた活動を増やしています。最近のニュースでは経団連が博士人材の重要性に言及したことも大きな変化です。しかしながら、近年の大きな傾向は、「博士ばなれ」であり、進学者は低下し、アカデミアを目指す博士人材は減少しています。
この要因はいくつかありますが、最も大きなものは研究者というキャリアに対する不安です。我が国は欧米と比較すると、博士人材をアカデミア以外の場で十分に活用出来ていません。企業はマッチングの難しさを低調な採用の理由にあげており、また、専門性をどう活かして良いのか分からない、あるいは博士人材である必要はないといった冷淡な意見もあります。アカデミアという出口は基盤的経費の削減の影響を受けポストが減少し、有期雇用を繰り返すという経歴を強いられることが増えており、この状況を改正労働契約法が直撃することで、「雇止め」問題が発生しています。
大型研究費を代表者として獲得するような脂ののった40代、50代の研究者が、運が悪ければ失業するといったことが起こる業界に、あえて参入しようとする若者が少ないことは当然でしょう。行政の施策も今のところは若手研究者への重点支援や、大学院生への経済的サポートが主で、研究者というキャリアを考慮した支援が必要だといえるでしょう。
日本の研究力をどう回復するか
この20年間の施策を振り返り、上手くいかなかったことについては方針転換し、将来に教訓を活かすことが大切です。公的支援は何かとバーターで考えるのではなく、純粋に拡大する必要があるでしょう。物価上昇の影響すら吸収できていません。また、基盤的資金/競争的資金のバランスを見直すことは、現在の研究環境の非効率な仕組み(膨大な数の研究申請/短時間で行われる研究費審査/事務作業の増加による研究時間の減少)を改善することにつながります。近年、多くの大学でURAの採用が拡大していますが、今後さらに分業を進め、真の研究時間を増やすことによっても研究力の向上は達成できるでしょう。
私も共同研究者として参加しております「安定性と流動性を両立したキャリアパスの仕組みについての定量/定性的研究」(文部科学省・SciREX事業)では、越境研究員制度という名称で、研究人材コンソーシアムが実現可能なものであるかを検討しています。このコンソーシアムでは、博士人材を個々の研究組織ではなく国が無期雇用し、短期的な競争的資金をもつ研究機関や企業に派遣する、新たな雇用体系を提案しています。無期雇用の母体ができれば、博士人材のマッチングの機会は飛躍的に増大します。この案の採算性についてはよく質問を受けるところですが、派遣的な仕組みを採用することである程度収益性があります。もう一つよく質問を受ける点は、国において専門家をどの程度の厚みで確保するかですが、コンソーシアムをどの程度公的に支援するかは国家の戦略的な問題だと考えております。重視される研究分野は移り変わっていくため、常に世界の動きにキャッチアップするための投資が必要です。
また、これと並行して「トランスファラブル・スキル」の啓蒙活動も重要です。博士人材に関しては社会からはまだまだ「専門バカ」的な見方が強いのですが、多くの博士は調査能力、分析能力、説明能力、論理性といった、分野を問わない実践的な能力を持っています。しかしながら、そのことを理解してもらえる機会に恵まれているとはいえません。この認識のずれが解消されれば、将来を予測することが難しい現在を切り拓くための高度人材としての博士人材に注目が集まることが期待できます。一方、大学院の教育改革を並行して進める必要があります。大学院生を自分の研究活動の手足としてしか考えられないような教員は意識を改める必要があります。経済的な余裕のない中、大学側が工夫をすることは大変ですが、このままではジリ貧に陥ってしまうかもしれません。
最近、自民党では塩崎彰久議員を中心に、「科学技術創造立国『再興の10年』への決意」が発表されました。運営費交付金増額、共用機器の整備、技術職員・URAの倍増など、過去にない意欲的な提言が行われています。SNSでは研究者から、「それではまだまだ投資が足りない」などと辛口の意見も多く出ているのですが、研究者は持ち前の批判精神をネガティブに発揮するのではなく、ポジティブな提案をするべきでしょう。こうした提言をどう修正していけばもっと明るい未来が期待できるのかを考えなければいけません。行政、政治家、研究者の間の断絶を埋めて、力をあわせるためにはJASTJで活動されている方々を含めメディアのみなさまの力が不可欠です。またそうした場を創出することがJAASに期待される役割と言えるでしょう。

質疑応答から
たくさんのご質問をいただき、充実した意見交換の機会をいただきました。いくつかについてご紹介いたします。
Q:大学院教育が空洞化していることはなぜ放置されているのか
A:研究室への予算配分は大学の差配で行われますが、文科省は大学に対して交付金以外の収入を増やして財政基盤を強化することを求め、大学執行部は研究室に対して個々の研究者が外部資金を獲得することを求めるという構図があります。間接経費の再配分(外部資金を大量に獲得している研究室が他の研究室を支援するという仕組みとしても使える)が機能していないという側面もあります。大学院における基盤的な教育経費がゼロになっていることになぜこれだけ鈍感なのかは説明が難しいところがあります。教員の方には「外部資金を獲得できないことは無能の証明」という歪んだ認識が共有されていることも理由としてあげられるでしょう。
Q:10兆円ファンドは研究資金の純増だと思うが、講演を聞くと演者(=筆者)が反対しているように見える。なぜなのか。
A:研究資金が増大することは歓迎していますが、ファンドは大学単位の支援であり、研究コミュニティ全体の課題を解消するために使うことができないところに問題があると考えています。
Q:地方国立大学は地域の課題解決や地元企業との連携など、研究資金の増額を求める他に、まだまだできることがあるのではないか。
A:地域社会における課題解決のためのハブとして大学を利用するという考え方は国際的にも注目されており、そのような方向性を支援することは大切です。現在は経済的にあまりに厳しい状況にあるために、そうしたプロジェクトに腰をすえて取り組むだけの基礎体力がないかもしれません。
文責:田中智之(京都薬科大学/日本科学振興協会)