1. Project 2061 の背景と批判
AAASのProject 2061 についての、日本版AAAS準備委員会の認識についてご質問をいただきました。以下は、委員会全体を代表したものではなく、一部の委員の個人的な認識としてお答えさせていただきます。
Project 2061 は、1985年に始まり、この年がハレー彗星が地球に接近する年であったことから、76年後の接近までに、米国の科学リテラシーをどのように向上させていくかという研究・実践プログラムに名付けられたものです。
特に、Science for all Americans (1989)は、市民がどのような科学リテラシーを身につけておくべきかという観点から、各分野の知識が網羅的に精査されており、科学と市民の関係について重要な示唆を与えてくれます。
http://www.project2061.org/publications/sfaa/sfaajapanese.htm
一方、Science for all Americansのプロジェクトには批判もありました。代表的なものとして、Morris ShamosがThe Myth of Scientific Literacy (1995)で主張した意見があります。Shamosは、科学的知識をベースとした科学リテラシーが all Americans に必要なのではなく、むしろ科学を尊重する態度や、科学的探求の方法論、科学があることの意味といった、科学アウェアネスを身につけることの重要性を指摘しました。
科学的な知識だけでは解決が難しい、トランスサイエンスの性格をもった社会的課題を解決していくためには、必要となったときに学習するための基礎的な学力や、コンセンサスを形成するために必要な建設的な議論ができる態度が求められます。近年の科学コミュニケーションの活動では、科学的思考を実践できるような仕掛けをもった取り組みが増えていますが、その背景には、知識としての科学リテラシーでは不十分という考え方があると思います。
両者はどちらかを選ぶといった性質のものではありませんので、知識ベースの科学リテラシーの充実も大切ですし、また科学アウェアネスを増大させるような活動も大事です。
2. 日本の現状について
21世期に入って、日本でも重要性が着目されるようになり、これを2006年からは Science for all Americans をモデルにした「科学技術の智プロジェクト」が、日本学術会議と国立教育政策研究所の研究プロジェクトとして開始されました。
また、ほぼ同時期に、草の根有志による翻訳プロジェクトも開始されます。
日本での評価を受けて、AAASも日本語版をリリースしています。
AAAS公式の日本語版序文でも述べられている通り、AAASの “Science for all Americans “で述べられているような基本事項というのは、アメリカ人のみでなく、ある程度の普遍性を持ちます。
一方で、各国の文化や社会情勢、教育制度に合わせたカスタマイズというのはある程度必要になってくる面はあります。
例えば、制度的に分権化された米国と、中央集権的な国である日本では当然、抱えている課題は異なります(一方で、大学と初等・中等教育の断絶は、もしかしたら日本の方が大きいと言った問題はあるかもしれません)。
また、当然ながら歴史・文化や自然環境が違えば、そこから子どもたちが学ぶべき事柄も変わってくるわけです。そう言った意味でも、日本版「科学技術の智プロジェクト」が行われたのは大変意義のあることでだと思います。
今後も、大学・研究機関に所属する科学者と、初等・中等教育の現場で子どもたちに直接触れ合っている教員とが、自発的な組織として、フラットな立場で意見を交わし、プロジェクトを起こし、日本の科学教育を向上させていくことができれば、非常に有意義なことだと思われます。
現在では、この「科学技術の智プロジェクト」報告書は合同会社科学コミュニケーション研究所(SCRI)が管理されており、「科学技術の智ラボラトリ」という活動の一環としてワークショップなどに利用されています。
http://literacy.scri.co.jp
これに限らず、科学教育に関する様々な実践や知見は、日本中にたくさん存在しているのかと思いますが、相互に十分な情報交換がされており、互いをよく知っているとは言い難いとは思います。我々の法人がハレー彗星の周期で測るのに耐えるほど長続きするかは解りませんが、こう言った活動を相互に伝え合うようなプラットフォームの一つに成長できればとは思っています。
3. 日本版AAAS準備委員会と Project 2061
日本版AAASを法人として設立し、活動を継続的なものとしていく重要性は、こうした次の世代、次の次の世代に活動を引き継いでいける力を貯めるためでもあります。
発足後の活動は発足後の総会・理事会などの組織が方針を決めることになるため、準備委員会が方針を説明できるわけではありませんが、委員会に参加したメンバーの中には、こうしたプロジェクトを起こし、継続させて行きたいという意欲を持っているものもいます。
科学教育は我々にとっても非常に重要な活動であると認識しております。どのようなやり方が必要かと言う議論も含めて、さまざまな形で科学教育のために活動してくれる方のご参加を歓迎します。